メンタル不調による離職は防げるのか ―感情労働という見えない負荷
働く現場では、ある日突然「退職します」と従業員から申し出があるケースが増えています。表面上は、一身上の都合との理由でも、その背景に「心の不調」が隠れていることは少なくありません。
厚生労働省の「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者がいた事業所は12.8%、そのうち退職者が発生した事業所は6.2%です。これは、決して一部の特殊な職場の問題ではなく、一定割合の事業所で離職につながるメンタル不調が起きていることを示しています。
出典:
厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概要」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r06-46-50b.html
『結果の概要 事業所調査』 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r06-46-50_kekka-gaiyo01.pdf
さらに注目すべきは、統計に現れている数値は「不調が顕在化したケース」のみである点です。体調や心理状況の悪化が明確になってから休職・離職に至るケースだけでなく、本人が限界を迎えたことに周囲が気づかないまま離職に至る例も多くあります。つまり、数字に表れている以上に、水面下に「心の不調」が存在している可能性があります。
これらの状況を解決するために、現場責任者にとって重要なのは、「なぜ気づけなかったのか」ではなく、「なぜ気づきにくい構造になっているのか」を理解することです。
本コラムでは、メンタル不調と離職の関係を整理し、その背景にある「感情労働」という要素を紐解きながら、現場で実践可能な予防の視点を考えていきます。突然の離職を防ぐ組織づくりの一助となれば幸いです。
目次
メンタル不調が起きやすい職場の特徴
メンタル不調による離職は、どのような職場で起きやすいのでしょうか。
厚生労働省が公表した最新の「過労死等の労災補償状況」によると、2024年度(令和6年度)に業務災害として「精神障害」と認定された件数は1,055件に上り、過去最多を更新しました。この件数は、前年度より増加しているだけでなく、初めて1,000件を超えました。また、自殺・自殺未遂のうち業務災害として認定された件数は88件に上っています。
業種別では、「医療・福祉」が270件で最多、次いで「製造業」161件、「卸売業・小売業」120件と続いています。
さらに、業務災害として認定された出来事別では
・上司等からの身体的・精神的攻撃(パワーハラスメント):224件
・仕事内容・仕事量の大きな変化: 119件
・顧客や取引先などからの著しい迷惑行為: 108件
が上位を占めています。
出典:
厚生労働省 「令和6年度「過労死等の労災補償状況」を公開します」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59039.html
『業務災害に係る精神障害に関する事案の労災補償状況』 https://www.mhlw.go.jp/content/11402000/001508121.pdf
こうした数値は、サービス業や医療関係職のように「忙しい業種」や「対人対応の多い業種」だけに精神への負担が生じる課題ではないことを示しています。むしろ、業種を問わず存在する、職場内外での人間関係のストレスや、業務負荷の急激な変化による心理的負担が強く関係していることを読み取ることができます。
ここで重要なのは、特定の業界・業種を「精神的負荷が高い」と決めつけることではありません。同じ業界・業種でも、職場の風土や業務設計、マネジメントのあり方によって、従業員の感じる負荷は大きく異なります。
業界・業種を横断して見えてくる共通項は、次のような点です。
・人間関係によるストレス要因を抱えやすい
・役割や業務量の変化が急に生じる可能性がある
・対外的な対応に加え、組織内調整の負担が大きい
・自分の感情を抑えながら業務を遂行する場面がある
これらに共通するのは、「継続的に心理的エネルギーを消耗する構造」であることです。残業時間や物理的な忙しさだけではなく、人間関係・役割変化・感情抑制といった「目に見えにくい負荷が積み重なること」に目を向けることが、離職やメンタル不調の背景を理解するうえで重要になります。
では、この「感情を扱う仕事」とは何を意味するのでしょうか。
感情労働とは?

「感情労働」という言葉は、日常生活では聞き慣れないかもしれませんが、日々の対人対応の中で「無意識に発生している負担」を説明する重要な概念です。
感情労働とは、自分の本当の気持ちと異なる感情を職場で表現しなければならない状況を指します。言い換えると、自分が感じている感情とは違う感情を職務上“頑張って表現している”状態です。例えば、看護師が自身の気持ちが落ち込んでいても患者に安らぎを与えるために笑顔を保つことや、コールセンターで怒りのクレームに冷静に対応する、窓口業務で不満を抱える人にも丁寧に接するなどといった場面が典型的な感情労働です。
また、感情労働には表層演技と深層演技の2つがあります。
・表層演技(表層的な対応):本心は違っても、とにかく笑顔や丁寧な対応を“演じる” ・深層演技(心の内部を調整する対応):無理に自分の気持ち自体を変えようと努力する |
このうち、特に表層演技の「本心と表現とのギャップ」が大きい場合、心理的な負担が蓄積しやすいとされています。表面的には通常通りの対応ができていても、内面では大きなエネルギーを使って感情を制御している状態が続くと、気づかないうちに疲労がたまりやすくなります。
また、この感情のコントロールは「職場だけに限られるもの」ではありません。日常生活の中でも感情を抑えたり調整したりすることはありますが、仕事ではそれがルールとして継続的に求められる点が特徴です。例えば、休日は心のままに振る舞えても、職場に出た途端に笑顔を保つ必要がある——そのギャップが「見えない疲れ」を生む要因です。
参考文献:ダイコミュ 公認心理師川島達史「感情労働とは何か,減らす方法」
https://www.direct-commu.com/chie/business/kanjyouroudou1

感情労働はなぜメンタル不調につながるのか
感情労働が心理的な負担になり得ることは、国内の調査や研究でも示されています。
まず、厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」によると、仕事や職業生活に関して強い不安やストレスを感じている労働者の割合は68.3%に上ります。その内容として最も多いのが「仕事の量」(43.2%)、次いで「仕事の失敗、責任の発生等」(36.2%)、「仕事の質」(26.4%)、「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」(26.1%)です。これらのうち「仕事の失敗、責任の発生等」や「対人関係」は、まさに感情を調整しながら対応する場面と重なります。
出典:厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r06-46-50b.html
『【個人調査】』 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r06-46-50_kekka-gaiyo02.pdf
対人関係に強いストレスを感じている人が一定数存在することや、業務災害による精神障害への認定が増加していることを踏まえると、感情を調整し続ける業務が心理的負担の一因になり得るという構造が見えてきます。
また、離職につながる心理的な不調について理解するうえで特に重要なことは、「本人が弱いから起こる」のではなく、「負担が蓄積しやすい環境」によって生じる可能性があるという点です。特に、本心と異なる対応を長期間続ける場合、その「感情のズレ」は徐々に心身のエネルギーを奪っていきます。そしてその消耗は、周囲からは見えにくいまま進行します。
なぜ感情労働の負担は見えにくいのか――“可視化の壁”
感情労働による負担の蓄積は、本人にも周囲にも気づかれにくい特徴があります。これは単に認識の問題ではなく、日本の職場環境や制度の仕組みとも関係しています。
厚生労働省が設けている「ストレスチェック制度」は、労働者自身が自分のストレス状態を知り、心理的な不調のリスクを早期に捉えることを目的としています。ストレスチェックの基本趣旨は、「労働者が本人のストレス状態に気づきやすくなること」および「集団としての傾向を職場全体で把握し、改善につなげること」です。逆に言えば、本人が自分のストレス状態を認識することや、職場として集団的な兆候を把握できないままでは、不調に気づかずに放置されやすいという課題があることが読み取れます。
出典:厚生労働省HP「ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/index.html
多くの職場では、ストレスチェックを実施しているものの「結果を分析して改善につなげる仕組み」まで整っていないケースがあります。アンケートを実施しただけで終わりにしてしまうと、数字としてのストレス指標は出ても、どの部署で何が問題になっているのか、どのように対応すべきかが曖昧なままになってしまいます。その結果、会社では形式的にストレスチェックツールを活用しているのに、突然従業員が離職してしまう事態が発生します。
さらに、職場内で感じるストレスや疲労は、他人から直接ものとは限りません。体調不良や長時間労働のように、外から見える指標があればまだ気づきやすいですが、「気持ちの疲れ」や「対人対応による消耗」は外形的なサインになりにくいため、周囲が気づきにくい傾向にあります。これは、感情労働の最大の難しさであり、見えない内面の負荷を可視化していく仕組みづくりの必要性につながります。
見えない負担の可視化に役立つツール「ここレポ」
前章で述べたように、感情労働による負担は、ストレスチェック制度を通して本人が自覚しても、可視化しにくいという問題があります。では、その壁をどのように乗り越えればよいのでしょうか。
カギとなるのは、ストレスチェック制度のような“特別なタイミング”ではなく、“日常の中”で状態を把握することです。
多くの職場では、ストレスチェックは年1回実施しています。しかし、心理状態は、年単位ではなく、日々の出来事の積み重ねによって変化します。対人対応や緊張を伴う業務が続けば、その影響は徐々に蓄積していきます。
つまり、「年1回の測定」では、日々の波を捉えきれないということです。
ここで必要になるのが、“連続性のあるデータ”です。勤務前後のコンディションの変化や、簡易的な主観評価、表情の記録といった日常の小さな情報を継続的に積み重ねることではじめて、変化の兆しが見えてきます。
・どの部署で負担が高まりつつあるのか
・どの時期に負荷が集中しているのか
・どの従業員に急激な変化が生じているのか
こうした兆候は、1回限りのデータでは把握できません。継続的に蓄積された情報があってこそ、傾向として捉えることができます。重要なのは、限界を迎えてから対応するのではなく、感情の変化・違和感に気づくことです。バーンアウトは突然起きるのではなく、小さな違和感が積み重なった結果、起こります。だからこそ、年1回のアンケート結果ではなく、日々の変化を捉え、データとして蓄積される継続的な記録が必要です。
こうした考え方を職場で実現する仕組みの一例が従業員エンゲージメント向上支援クラウドサービス「ここレポ」です。「ここレポ」は、勤務前後の簡単なサーベイやその日の自分のコンディションをつぶやき感覚で入力し、顔写真によるAI表情分析などを通じて、従業員の状態を日常的に蓄積するツールです。
「ここレポ」の特長は、その場限りのサーベイで終わらせるのではなく、データを時系列で蓄積し、変化の推移として可視化できる点にあります。
個人単位でのコンディションの変化はもちろん、部署単位での傾向分析が可能です。これにより、「最近少し元気がない」「特定の時期に負荷が高まっている」といった兆しを、客観的に把握できます。感覚や印象だけに頼らず、蓄積されたデータをもとに対話やフォローにつなげられるため、早期発見、早期対応の土台となります。
既存の人事評価制度やタレントマネジメントシステムが、従業員の「成果」や「能力」を把握する仕組みだとすれば、「ここレポ」は従業員の「状態」を補完する仕組みです。成果だけでなくコンディションに目を向けることで、はじめて持続的な組織運営が可能になります。
「メンタル不調による離職は防げるのか ―感情労働という見えない負荷」のまとめ

感情労働が多い職場や、接客や対人対応が中心となる業種では、自分の感情を抑え続けることが日常化し、無自覚のうちに心の負担が蓄積しやすい傾向にあります。メンタルケアの制度があっても、気づかれずに取りこぼす可能性があり、そこに離職や休職の芽が潜んでいます。
重要なのは、「不調が起きた後にどう対応するか」ではなく、「不調の兆しにどれだけ早く気づけるか」です。年1回のストレスチェックや、問題が顕在化してからの面談だけでは、日々の小さな変化を捉えることはできません。必要なのは、特別な施策ではなく、日常の中で自然に状態を把握できる仕組みです。
従業員が主観的に日々のコンディションを記録し、組織としてその変化を追い続けることから見えてくる「違和感に気づける体制」の構築が、離職防止の出発点になります。
「ここレポ」は、その日常的な状態把握を可能にする有効な手段です。大切なのは、「状態を見つづける」という視点を組織で持つことです。成果や能力だけでなく、コンディションにも目を向ける文化が根づいたときにはじめて、本当の意味で持続可能な組織運営が実現します。
離職は突然起こるものではありません。小さな違和感を見逃さない仕組みがあれば、防げるケースが多くあります。
心理的状態の小さな変化や違和感に「気づける組織」をつくることが、これからの人材マネジメントに求められる視点ではないでしょうか。
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